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BIOGRAPHY

1991 Mighty Crown結成の年。
設立当初からMasta Simon, Sami-T, Sticko(Truthful), Criss, Jun 4 Shotが在籍。 はじめてのダンスは学園祭からスタート、横浜市内のクラブCRやライブハウスジーン・ジニーなどで活動を重ねていく。
1992
すでにLAに住んでいたSimonをはじめ、Sami、 Sticko (Truthful)もNYなど海外に渡り始める。 当時NYでプレイしていたCojieとSamiが知り合ったのもこのころ。 地元横浜でクラッシュはもちろん、大阪などにもクラッシュをしに遠征を始める。
1993
SimonとSami初めてジャマイカに渡る。本場のシーンを目の当りにして、サウンドとしての意識がますます高まる。Sami-TがBrooklyn のUnderground Party で海外でのプレイを始める。
1994
海外でもサウンド・クラッシュやジャグリン・ダンスなどを始める。 (相手はニューヨークのL.P.Internationalなど、場所はBrooklynのStar Lightなど。) この頃からSimonはMCに専念。オリジナルのサウンドシステム(スピーカー)制作に取り組むなど国内外ともにサウンドと しての活動が本格化していく。
1995
横浜から関東近辺はもちろん、関西にも毎年遠征するなど活動の域を次々と広げていく。 サウンドシステムが完成し、8月神奈川・辻堂でBrain Busterとのクラッシュで初披露。そのテープが出回り、広い範囲でその存在が注目され始める。 Club24で横浜Reggae Bash(横浜レゲエ祭)を始める。動員数は150人だったが、当時のシーンとしては一大イベントとして大いに盛り上がる。
1996
大阪Bay Side Jenny でTerminator、Rock Desire、Judgmentと4サウンド・クラッシュ。
1997
3月ボストンで当時隆盛だったLegacyとクラッシュして圧勝。 Cojieが帰国し、日本でクラウンメンバーとして参加。 四国・九州地区をハイエースバンで横断する「火と拳」ツアー敢行。これによりクラウンはレゲエのコア・シーン全体に広まった。 Chozen Lee, CRISS, Jun 4 Shotの3人で一つのステージを創ることを目差しFIRE BALLを結成。
1998
ジャマイカの老舗レーベル、ジャミーズの音源をミックスした『Boom Boom Ragga Bass Vol.3』(アルファ・エンタープライズ)をリリース。 4月27日東京のYellowでTaxi Hi -Fiとのクラッシュに勝利。12月28日には大阪ベイサイド・ジェニーでTaxi Hi-Fi、Tokiwaとのクラッシュ「頂点」 も極め、名実ともに日本No.1となる。 横浜レゲエ祭はアーティスト・ナイト、サウンド・ナイトの2回に分けて開催。こうした活動の成果でMighty Crownの名前が全国区となっていった。
1999
ジャマイカの名レーベルDigital-Bの音源をミックスした 『Mighty Crown meets Digital-B』(オーバーヒート)リリース。ジャマイカからDetermineやAdmiral Tibettらアーティストを迎えた発売記念イベントにも盛況。 海外の老舗サウンドCoxsoneとDown Beatとの、60-80年代の曲だけで戦う3サウンド・クラッシュ「Vintage Clash」で優勝。 10月ニューヨークでの「World Clash’99」初出場で優勝。世界チャンピオンに輝き海外でのブッキングが飛躍的に伸び、本格的な海外ツアーが始まる。ジャマイカン・コミュニティがありそうなアメリカはほとんど制覇。 横浜レゲエ祭はアーティスト・ナイト、サウンド・ナイトともに大箱のHeavenに移って開催。
2000
イギリス代表のDavid Rodiganと初クラッシュ。勝利。 「World Clash in Jamaica」、「Warlords」「World Clash 2000」などアメリカ、カリブ諸国で数々のクラッシュ、ダンスをこなす。Matterhorn, Black Kat, Bass Odyssey, や Jaroなど世界のトップ・サ ウンドとクラッシュ 『Mighty Crown Tribute to Volcano』(ビクター)のMix CDを手がける。 オリジナル音源を全曲録りおろしたコンセプト・アルバム形式のカセットテープ『Life Style』をリリース。 横浜レゲエ祭は会場をベイホールに移し、サウンド編/バンド編の2回開催、のべ4000人の動員となる。
2001
自主レーベルLife Style Recordsを設立し、『LIFE STYLE RECORDS COMPILATION』(アルファ・エンタープライズ)を リリース。前年のDJコンテストで優勝したGuan Chaiがクラウンに加入、初レコーディン グとなった「もうじき」も収録。 それまでファミリー的な存在だったSuper-Gがクラウンに加入。 5月、横浜ベイホールにて10周年イベントを開催 判定が物議をかもした「World Clash 2001」で準優勝、実質的な優勝。 ミックステープ「Crown Foundation Mix」「Crown Jugglers」、またVPレコーズの音源をミックスした『Dancehall Ruler 2001』(ビクター)をリリース。
2002
ドイツ、スイス、イギリスと初のヨーロッパ・ツアー敢行。 4月ロンドンで行われた「UK Cup」、12月NYのクイーンズで行われた「Global Cup」で優勝。 T.O.K Japan Tour、Tony Matterhorn、King Agonyを迎えた「World Connection」を開催。 VPレコーズの音源からラヴァーズをセレクトした『Spice Of Love』(ビクター)をリリース。 プロデュース面でも活動が本格化、Mad Capsule Market、ラッパ我リヤ、Back Drop Bomb、Zeebraなど他アーティストのリミックスワークなどを手がける。 FIRE BALLのメジャー・デビュー・アルバム『火の玉』をリリースし、音楽シーンに真のレゲエを広める起爆剤となる。
2003
3月にRebel Tone、Code Redを迎えてのWorld Connection Vol.3ツアー(横浜、大阪、沖縄)を敢行。 4月にディフェンディング・チャンピオンとしてUK Cupに出場。5月31日川崎Club Cittaで12周年記念ダンス。 横浜レゲエ祭が待望の野外開催が八景島シーパラダイスで実現。 1万人が即完、当日も快晴ですばらしいショウとなった。ライブの模様を収録したDVD『横浜レゲエ祭2003』をリリース。初となるイタリアを含めた海外ツアー敢行。レゲエの名曲を時代を超えて厳選したミックスアルバム『REGGAE TIME BOX』(ビクター)をリリース。ウェアブランドNINE RULAZを設立。NYで行われたStone Love、Bass Odysseyとのサウンドクラッシュ「45 shoot out 3」で優勝。
2004
横浜レゲエ祭の10周年記念としてMIGHTY CROWN FAMILY によるシングル「DANCEHALL FIESTA ?レゲエ祭のテーマ?」をリリース。みなとみらいに移った会場では20000人の 動員を達成。 5月に「World Connection vol.4 Elephant man GOOD 2 GO JAPAN TOUR」を全国4箇所で開催 PAPA BがMIGHTY CROWN FAMILYに加入、Mighty Crownとのプロデュースによりニューアルバム『Neo ENTERTAINER』をドロップ。
2005
「UK Cup」優勝、「World Clash CANADA」準優勝、「World Clash JAMAICA」準優勝、「World Clash NY」出場。6月 「World Connection vol.5」開催。ジャマイカからADONAIを招聘。 8月横浜レゲエ祭が昨年と同じみなとみらい新港埠頭で開催され20000人を動員。プレイベントとして、優勝したアーティストが横浜レゲエ祭の出演枠を勝ち取る「Road to 横浜レゲエ祭」がスタート。
2006
5月には15周年イベント第2弾としてMASSIVE B、TONY MATTERHORN、BUSY SIGNALを招いて「International Sound Session」開催。 『LIFE STYLE RECORDS COMPILATION Vol.2』をリリース。本物のジャパニーズレゲエの醍醐味を見せ付けた。RELEASE PARTYを川崎CITTA’で開催。 6月ロンドンで行われたLUV INJECTION/DAVID RODIGAN vs MIGHTY CROWN/TONY MATTERHORNチーム対抗のサウンド・クラッシュ「WAR OF THE WARRIORS 2006 TAG TEAM CLASH」に勝利。 ジャマイカの野外イベント「フリーローデッド」で観客を一番盛り上げ、ストリートはもちろんラジオや新聞などジャマイカ中で大いに評判となる。 8月には念願の横浜スタジアムで横浜レゲエ祭を開催。昨年2万人を大きく塗り替える3万人を動員、成功をおさめる(シークレットでTOKとDa’Villeが登場)。その模様はジャマイカのRETVでも放送され話題となる。この出演をかけてアーティストが競う前哨戦的イベントRoad To 横浜レゲエ祭がスタート。 NIKE とのコラボでMIGHTY CROWN MODELSNEAKERが2タイプ発売。国内はもちろんのこと、海外レゲエ界初のオリジナルモデルを出した存在として話題騒然。 9月アメリカ 10月ヨーロッパ 11月ジャマイカと海外ツアー。
2007
5月末「World Connection Vol.7」を名古屋ダイヤモンドホール、川崎クラブチッタ、大阪ゼップで開催。直前のMovadoの都合での来日中止があったが、Mr.Vegasのパフォーマンス能力とクラウンのパワーで大いに盛り上がった。横浜レゲエ祭2007が再び横浜スタジアムでソールドアウト3万人のお客さんを迎えて開催。(シークレットゲストはBeenie ManとVoice Mail)9月末「World Connection Vol.8」開催。UKの偉大なベテランセレクターDAVID RODIGANを迎えて横浜、広島、大阪に珠玉の音を響かせた。 ニューヨークでの開催が最後となったワールドクラッシュ”GAME OVER”のDiamond Cupで見事優勝。
2008
3月に行われたジャマイカ・ワールドクラッシュで優勝。ジャマイカでのタイトル2連覇を果たす。 大阪で主催した「CROWN JUGGLAZ」にスペシャルゲストとしてTAURUS RILEYが出演。待望のシンガーの初来日がクラウンとのショーという記念になった。 横浜レゲエ祭2008が横浜スタジアムで開催。レゲエ祭は14回目、スタジアムでは3回目の開催となり、周囲の期待も大きくなるが、その期待を裏切らない究極の1日となった(ジャマイカからMr.VEGAS BUGLEが参戦) 6-7月、USA, カリブ, ヨーロッパをツアー。GARANCE REGGAE FESTIVAL(パリ)、Summer Jam(ドイツ)、ROTOTOM SUMSPLASH(イタリア)といったフェスのパーティにも初参加。